2014年03月24日(月)
【上西中】 修了式・離任式 [◆学校行事]
平成25年度の修了式と離任式が行われました。
先立って、英検合格者へ、合格証が渡されました。
校歌を、しっかりと歌いました。卒業式の感動を思い起こさせる歌声でした。
校長先生からのお話は、生徒の皆さんの、卒業式での立派な態度を讃え、1年間の成長を大いに評価するものでした。当たり前のことを当たり前にがんばる「凡事徹底」について、説かれました。
生徒会代表生徒の言葉です。
1年生代表生徒の言葉です。
2年生代表生徒の言葉です。
離任される先生の挨拶です。
生徒会代表生徒によるお礼の言葉と花束贈呈です。
5年間に渡り、学校に多大な貢献をしてくださいました。新天地でも、大いに力を発揮してほしいものです。ご苦労様でした。
Posted by ブログ管理者 at 10時18分
2014年03月19日(水)
【上西中】 授業の様子 [◆学力向上]
Posted by ブログ管理者 at 18時18分
2014年03月18日(火)
【上西中】「携帯型ゲーム機に関する事件」
愛知県刈谷市では、全ての小中学校で、子どもにスマホや携帯電話を持たせない、午後9時以降は使用させない、といった約束事を作り保護者の皆さんに要請するということがニュースで流れていました。
子どもたちが犯罪に巻き込まれています。
そのようなニュースが毎日のように流れています。
保護者の皆さんとともに、スマホ・携帯電話に関する危機意識を共有することは大切なことだと考えています。
Posted by ブログ管理者 at 22時07分
【上西中】 授業の様子 [◆学力向上]
今日も生徒の皆さんは、授業を頑張っています。
5時間目、2年生は理科で、発光ダイオードを用いて実験を行っていました。
5時間目、1年生は、少人数指導による英語の授業を行っていました。
風が強くなり、天候が次第に悪化してきましたので、今日の部活動は中止にし、完全下校にいたしましたので、よろしくお願いいたします。
Posted by ブログ管理者 at 14時17分
2014年03月17日(月)
【上西中】 授業の様子 [◆学力向上]
先日の卒業式で非常によく頑張った1,2年生が、3年生がいなくなったあと、一段と自覚を高めて、授業に取り組んでいました。
2時間目、1年生は、ALT(外国語指導助手)とのTT(ティーム・ティーチング)による英語の授業でした。
ALTの先生は、今日が今年度最後の来校です。
2時間目、2年生は、TT(ティーム・ティーチング)による数学の授業で、過去の、全国学力調査の問題に取り組んでいました。
なお、今年度の本校の受験生は、無事全員合格いたしました。本当に、おめでとうございました。
今まで3年生の生徒たちを支えてくださったたくさんの方々に、感謝申し上げます。
Posted by ブログ管理者 at 11時09分
2014年03月15日(土)
【上西中】 第42回卒業証書授与式 [・入学式,卒業式]
悪天候のため1日順延した第42回卒業証書授与式が、晴天の下、多数の来賓の方々、保護者の皆様に見守られる中、行われました。
送られる卒業生が今まで立派だったので、在校生もきちんと参加し、つくりあげた卒業式となりました。
卒業生の皆さん、今まで本当にご苦労様でした。
そして、おめでとうございました。
Posted by ブログ管理者 at 14時05分
【上西中】卒業証書授与式 式辞 [・入学式,卒業式]
式 辞
この冬、何度もの自然の脅威にさらされたこの地にも、春の暖かい日差しが感じられるこの佳き日に、別海町教育委員会教育長真籠毅様をはじめご来賓の皆様並びに保護者の皆様にご臨席いただき、第四十二回卒業証書授与式を挙行できますことを、ここにご参会の皆様とともに感謝したいと思います。
私たち人間は、命のつながりの中で生きています。生かされています。この世の中には、生きたくても生きられなかった人たちもいます。今から三年前。二〇一一年三月十一日、午後二時四十六分。二万人を超える犠牲者を出した東日本大震災。連日のように、被害の状況がテレビのニュースで流れ、新聞で記事にされない日はありませんでした。この先日本はどうなってしまうのだろうかという不安に、多くの人たちが襲われていました。建物を破壊した巨大地震、ありとあらゆるものを押し流していった大津波。そして、そこから生じたあまりにも悲惨な状況。君たちと同じくらいの若い命も含めて、多くの命が失われ、多くの人が絶望と深い悲しみに明け暮れていた被災地、東北。これらの様子を見ながら、多くの日本人が、涙を流し、「東北がんばれ」と声を上げていました。
被災地である気仙沼市の中学3年生、梶原祐太君は、卒業生代表として次のように述べました。
「命の重さを知るには大きすぎる代償でした。しかし、苦境にあっても、天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きていくことが、これからの私たちの使命です。私たちは今、それぞれの新しい人生の一歩を踏み出します。どこにいても、何をしていようとも、この地で仲間と共有したときを忘れず、宝物として生きていきます」
梶原君が、涙しながら答辞を述べる姿は、テレビニュースでも流れました。天を恨まず、助け合って、力強く生きていこうとする彼の姿が、多くの日本人の心を打ち、東北の、日本の希望の光となり、東北復興への一つの道標となりました。
東日本大震災の起きた時、君たちは、小学校の卒業式直前でした。そのような大変な状況の中で、君たちは小学校を卒業し、この上西中に入学してきました。入学してからの三年間、喜びも悲しみも辛いことも、きっと数多く体験したことでしょう。それらは、君たちにとってかけがえのない価値ある体験となったはずです。
しかし、それら一つ一つが、あの東日本大震災で亡くなった君たちと同年代の中学生が、味わいたくても味わえなかった体験でもあるのです。
こんな言葉があります。
「あなたがなにげなく過ごした今日という日は、昨日死んだ人が、あれほど生きたいと願った明日なのだ。」という言葉です。 昨日亡くなった人には、今日という日はありません。
君たちが何気なく過ごしてきた中学校生活三年間は、東日本大震災で小学校の卒業式直前で亡くなった、同じ年代の仲間たちが、中学校に入ったら、部活も勉強もがんばりたいと願い、将来の自分に夢を馳せていた三年間と同じなのです。
そう考えると、私たちは、たくさんの人の願いや夢を背負って生きているということを知るのです。私たちは、生きている者の責任として、命を授かっている者の感謝として、人と人との命のつながりを心に深く刻み、しっかりと生きなければいけない、そう思うのです。
君たちは、総合の学習で別海町の基幹産業である酪農を学ぶことを通して、地域を愛し地域を誇りとすることの大切さに少なからず気がついたはずです。
また、学校林づくりで植樹することを通して、地域の環境を守り、自然を育てることの重要さにも気がついたはずです。私たちを取り巻く自然環境・地域社会とのつながりの中で、私たちは生きています。生かされています。
学校林づくりの外部講師だった及川實さんは、君たちの学習態度や作業する態度を大いに褒め、後日、社会教育通信で、君たちに、次のような願いを書いています。
「植樹が終わった君たちは、未来の自分に向かって、これから、自立の為の巣立ちのときを迎える。様々な試練に耐え、立派な大木になるに違いない君たちが、やがてこの地を離れ、社会で活躍する頃、生まれ育った故郷で君たちの成長を見守り、いつまでも待っている一本の樹があることを忘れないでほしい。」
及川實さんは、人の命のつながりの大切さだけでなく、生まれ育った故郷や自然とのつながりの大切さも教えてくださり、君たちに願いを託されたのです。
上西中のリーダーとして全校を引っ張ってきてくれた卒業生の皆さん。いつも素直で、明るく、やさしく、そして、たくましくなった卒業生の皆さん。
私たち人間は、多くの人や環境に支えられていることを覚えておいてください。ここまで成長できたのは自分だけの力ではありません。君たちの成長を喜び、愛情深く温かく見守ってくださる家族や地域の皆さんがあってこそ、今のあなた方があるのです。生きたくても生きられず、夢半ばで散っていった方々の分まで、しっかりと生き抜いていってください。
最後になりましたが、保護者の皆様にはこれまで本校の教育に温かいご理解とご支援を賜りましたこと、高いところからではありますが、厚く御礼申し上げます。
また、ご来賓の皆様には、今後とも変わらぬご厚情を賜りますようお願い申し上げまして、私の式辞といたします。
平成26年3月15日
別海町立上西春別中学校 校長 青坂信司
Posted by ブログ管理者 at 08時51分
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